芸術の秋、天高く馬肥ゆる秋

2018 年 10 月 15 日 ブログ

芸術の秋、今年も東京都美術館に没後50年「藤田嗣治展」を観に行って来ました。去年の「運慶展」から

一年、時の早さに戸惑いながら感慨深いものがありました。

1913年フランスに渡り、モジリアーニ、ピカソ、ルソー等と交友しながら野心と鉄の意志で生活習慣、

言葉の壁を克服し、フジタ独自の絵画を確立してゆきます。そして、乳白色の裸婦、茶目つ毛たっぷりの猫

の絵を発表して世界に日本人画家として名声と評判を得ます。

今回、数多くの作品を観賞して、乳白色の平和な色から激動の時代に巻き込まれ、茶褐色の戦争画へと

移ってゆく画風の変化にフジタの苦悩がうかがえます。「玉砕アッツ島」の見るに耐えない残酷な地獄絵図は

圧倒的な迫力でした。まさにフジタは、絵を描く為に生まれてきた不世出の天才画家と感動しました。

すっかり堪能して、いい気分でしたがどうも心に引っかかるものがありました。どうしてフジタが

日本人として晩年を迎えられなかったのか?

二度の世界大戦が、フジタの芸術家としての人生に関わり第二次大戦後、軍部との関係を疑われ製作活動に

支障をきたすという事で祖国を離れフランスの永住権を取得して生涯を送ります。

フジタほど日本が好きで日本人の誇りを持った人間を閉鎖的で狭量な敗戦国日本が守ってあげられなっかた

事は、日本の損失です。

それにしても、極上の芸術は 何とも知れぬ 魔力があります。