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樹木希林さん感動ありがとうございます。

2018 年 11 月 13 日 ブログ

早いもので各地から紅葉の便りが届いたと思ったら、今年もあと2か月足らずです。

銀座『和光」の裏に小さなシネマスイッチという映画館があって、樹木希林さんの最後の映画{日日是好日}が

上映されていて連日賑わってます。

さすがに素晴らしい役者さんでした。 抑揚のあるしゃべり方、落ち着いた何気ない自然な振る舞い、

その眼差し、まるで昔からお茶の先生だったのではと思う程の堂に入った演技でした。

ストーリーは、平凡な家庭に育った女の子が大学生になり、進路に悩んでいた時、母から「お辞儀がとても

きれいな方なのよ」とお茶の先生を紹介されて、お稽古に通いはじめるところから始まります。

そこで最初に触れるお茶碗、お茶室の非日常的な雰囲気に興味半分、驚き半分。それからお茶に通う度に

心が和み、普段見慣れている筈の四季の草花や、時季のお菓子等自然の美しさや、恵みに気ずき感激し

又、頭でなく身体が自然にお点前を覚えていくことでお作法が身についていきま。

お茶を習った方なら、自分に重ね合わせて思い当たる場面があり、懐かしく想えたのではないでしょうか。

やがて社会人となり、厳しい現実と向き合いながらも時節のお茶の行事、お初釜から年末の無事のご挨拶まで

毎年繰り返していきます。そして、気がつけばお茶を始めて20数年の歳月が経ち、新しいお弟子さん達に

指導する立場になります。先生の『教える事で分かる事がたくさんあるわよ」の言葉が印象的でした。

物語は、どこにでもある日常的なものでしたが、上映中何故か万感こみ上げて涙してました。

限りある時を毎日無事に過ごせる大切さ、ありがたさに感謝する自分がいたからでしょうか。

私も良い先生に巡り会えたのだから 「気合を入れて精進しなければ」

 

芸術の秋、天高く馬肥ゆる秋

2018 年 10 月 15 日 ブログ

芸術の秋、今年も東京都美術館に没後50年「藤田嗣治展」を観に行って来ました。去年の「運慶展」から

一年、時の早さに戸惑いながら感慨深いものがありました。

1913年フランスに渡り、モジリアーニ、ピカソ、ルソー等と交友しながら野心と鉄の意志で生活習慣、

言葉の壁を克服し、フジタ独自の絵画を確立してゆきます。そして、乳白色の裸婦、茶目つ毛たっぷりの猫

の絵を発表して世界に日本人画家として名声と評判を得ます。

今回、数多くの作品を観賞して、乳白色の平和な色から激動の時代に巻き込まれ、茶褐色の戦争画へと

移ってゆく画風の変化にフジタの苦悩がうかがえます。「玉砕アッツ島」の見るに耐えない残酷な地獄絵図は

圧倒的な迫力でした。まさにフジタは、絵を描く為に生まれてきた不世出の天才画家と感動しました。

すっかり堪能して、いい気分でしたがどうも心に引っかかるものがありました。どうしてフジタが

日本人として晩年を迎えられなかったのか?

二度の世界大戦が、フジタの芸術家としての人生に関わり第二次大戦後、軍部との関係を疑われ製作活動に

支障をきたすという事で祖国を離れフランスの永住権を取得して生涯を送ります。

フジタほど日本が好きで日本人の誇りを持った人間を閉鎖的で狭量な敗戦国日本が守ってあげられなっかた

事は、日本の損失です。

それにしても、極上の芸術は 何とも知れぬ 魔力があります。

残暑お見舞い申し上げます

2018 年 08 月 21 日 ブログ

南国の熱帯を思わせる強い陽射し、セミが「あつい、暑い」と鳴いてます。と

思ったら

突然、稲妻が走り、雷が響き、スコールがきます。のどかな町並みの風景を一瞬にして水浸しに

してしまう半端ない雨、連日35度以上の記録的な猛暑が当たり前になってしまった異常気象。

それでも安心、安全の平和な日本、約80万人の人が夏季休暇で海外旅行に出かけ、高速道路は

何十キロの渋滞です

私は、アスファルトやコンクリートに覆われたヒートアイランドの銀座の店で例年の様に

お盆を過ごしました。

お盆期間の約一週間は、観光スポットとされる中央通りやデパート等は、外国人観光客や

地方からの人たちで賑わっていましたが、銀座といえどもその場所以外はいつも以上にお休みする

店が多く閑散としてました。職種によるのでしようが、おそらく働き方改革で休み方も、効率良く

割り切って、長期に休暇を取る考え方に変わってきたのでしょうか?

今年は、築地市場が移転し、来年は元号が変り、2年後にはビックイベント東京オリンピックを

迎えます。

変わりゆく日本の市場、環境に順応して、健康で元気にいたいものです。

それにしても 今年は厚ーい

今日は、好物の鰻でも食べようかな

 

 

 

 

平成天皇・皇后両陛下、お疲れさまでした

2018 年 06 月 29 日 ブログ

梅雨の中休み、久しぶりの晴れ間です。

「サッカーワールドカップロシア大会」日本選手の活躍に興奮して眠れない日が続いています。

体調管理は如何でしょうか?

昭和天皇が崩御され時の官房長官 小渕恵三氏が「平成」と書かれた色紙を

掲げているシーンを今でも鮮明に覚えています。

「平成」とは、内外天地とも平和が達成されます様にとの意味だそうです。

あれから三十年の月日が経ちました。

そして来年は新しい元号に変わります。どんな元号になりますか……。

二度の歴史的行事に立ち会えることに、健康に産んでくれた両親に感謝しています。

今上天皇が御高齢や体調不安の為、ハードなご公務をこなす事が困難になられたという理由で

生前退位をなさるとの事です。

ご公務は息つく暇もない程ご多忙で、お二人のお姿に唯々敬意を払うばかりです。

先日のニュースでは、明治以降代々続けられている稲作を、

皇居内の水田で陛下自ら長靴を履いて田植えをされていました。

退位によりこれが最後の田植えです。

収穫されたお米は、宮中祭祀に使われるそうです。

また、美智子皇后は皇居内の養蚕所で蚕の卵に餌を与える「山つけ」の作業をされたとの事です。

これらのご公務も次の天皇・皇后に継承されてゆきます。

日本の象徴である天皇は、錦の御旗のもとにどんな争いがあっても、

日本は一つにまとまってきました。

これから先、少子高齢化で構図が変わろうとも愛国心を持ち続けたいです。

新しい天皇にとりまして、元号が改められ、東京オリンピックを迎える事は、

国内外に対して最高のお披露目になる事と思います。

異星人 大谷翔平選手

2018 年 04 月 14 日 ブログ

今年も見事に桜が咲き潔く散りました。

そして今、二十四節気の清明のさなかです。

すべてのものがすがすがしく清らかで命の息吹にあふれています。

この時季、一人の若者が海を渡って移籍先の球団“エンゼルス”に

まさに日本から米国へ天使が舞って行きました。

日本でも道なき道を進んで球界の常識を覆し、

その地位を確かなものにした弱冠二十三歳の大谷翔平選手です。

彼の規格外の行動力に驚嘆するばかりです。日本であと二、三年プレーしていれば

何百億の契約金が入るのに何故待てないのか?庶民のげすの考え方をよそに、

己の夢を信じ実現してゆく、まさにスーパースターです。

百年以上の歴史を持つアメリカの国技米大リーグ、

今迄どれ程多くの才能ある選手たちが球史に残るプレーをしても

二刀流で投打に活躍し、記録を残したのは“野球の神様”ベーブ・ルースだけです。

翔平選手にはそれ以上の活躍を期待したいものです。

おもしろい記事が載っていました。

彼が野球以外のどんなスポーツをしても成功しただろうと感得させてくれるユニバーサルな選手、

もし相撲界に入っていれば白鵬を超える横綱になっただろうし、ボクシング界に入れば日本初の

ヘビー級チャンピオンが誕生しただろうし、又、サッカー界に入れば超ド級のストライカーが

出現しただろう、すべては『妄想』に過ぎませんが、もう一つの世界で遊ばせてくれる程の

他に類をみない底知れぬ才能のある選手だそうです。

平昌オリンピックで日本中を感涙の渦にした羽生結弦選手をはじめ、

日本には有望な若者がたくさんいます。

ああ 楽しみ 気持ちいいーーー!! ショウ(翔)タイム!

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銀座つむぎや予定表

4月14日(土)~22日(日)

単衣・薄物展 (紫野やまざき)  場所:弊社

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5月18日(金)~20日(日)

青森展 場所:ギャラリーまつもと

平昌オリンピック

2018 年 02 月 25 日 ブログ

 1924年イギリスの登山家ジョージ・マロリーは
国の威信をかけたエベレスト最高峰の初登頂に挑み頂上付近で行方不明になります。
世界初登頂に成功したか否かは未だ論議を呼んでいますが
彼の有名な言葉「そこに山(エベレスト)があるから登る」
誰も登頂していない山を征服するのは人間の本能的な欲望、その夢を実現する為に
ギリギリまで自分を追い込み危険を顧みず目的に向かってただ挑戦しつづける
まさに今、厳冬の中でくり広げられている平昌オリンピックのアスリートにその姿が重なります。
 4年に一度のオリンピックは特別なイベントです。
世界が一つになり勇気と感動を与えてくれます。
 ハーフパイプの平野歩夢選手
昨年着地に失敗して全身打撲臓器までも損傷し選手生命も危ぶまれる程でしたが
驚異の精神力により復活しますが暫くの間恐怖心でボードに乗る事すら出来なかったそうです。
それを果敢に克服しての銀メダル。
試合後の彼の爽やかな顔は悔いのない満足感と、次への挑戦へ向かっていました。
 圧巻は何と云っても羽入結弦選手
血の滲む様な努力が報われ納得の演技の直後雄叫びの様に“勝ったー!!”と
繰り返しながら歓声に沸くリンク内を走り回ります。
彼にしか分からないスケート漬けの壮絶な孤独な闘い
ジャンプする度に右足は、痛み止めを飲む程に悲鳴を上げていました。
その右足と最高の滑りをさせてくれた氷に感謝する姿に
溢れる涙を抑えきれず「ゆずくんお疲れ様子」と何度云ったでしょうか。
「苦しみの谷か深ければ深い程幸せの山は高いです」と弱冠23才の若者が語っていました。
アスリートの皆さん「元気と勇気」をありがとう。

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             銀座つむぎや予定表

         日時:3月1日(木)~3月11日(日)
       タイトル:創業祭(銀座出店15周年)バーゲンセール 
         場所:当店
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         日時:4月12日(木)18時~
       タイトル:林家たい平師匠を囲んでお楽しみ会
         場所:帝国ホテル

高麗屋三代襲名おめでとうございます

2018 年 01 月 21 日 ブログ

 2018年いよいよ始まりました。
今年の干支『戌笑う』と申しますが安倍首相の所信表明を語る口調に自信の笑みと
風格風貌が出てきました。国内外を精力的にかけ回り首脳達と渡り合う総理は、
和戦両用を駆使した“したたか”さと気迫が伝わってきます。
 新年の慶事と云えば歌舞伎界三十七年ぶりの高麗屋さんの三代襲名披露公演の幕明けです。
連日満員御礼の大盛況で賑わっています。
 二代目松本白鸚丈はミュージカルを始め様々な事に挑戦し続け、伝統を守りつつ革新的な活動をしてきた歌舞伎界の重鎮。
 十代目松本幸四郎丈
お家芸勧進帳の弁慶、高麗屋としての使命を背負い精神を継承する覚悟が痛い程伝わってきます。
 八代目市川染五郎丈
妖しくも可愛く美しく人の心を“とろけさす”風情は天からの授かり物。祖父、父の背中を見て演じる念願の勧進帳義経まさに当り役です。笛の音の様な声に多くのファンを魅了する無限の可能性を秘めた役者で、又、絵画の才能も素晴らしいです。
 お正月のテレビ番組、高麗屋さん一家が連日の様に出演していました。
特に興味深かったのは幸四郎丈が子供の頃いつも「壁に向かって、一人野球をしていた」と恥じる事なくむしろ自慢げに言うと、傍で聴いていた父白鸚丈が「僕も子供の頃同じ様に一人野球をしていた」と受け答えていた事。
歌舞伎役者の子として生まれ幼い頃から厳しい“けいこ”学校に通いながら子役から歌舞伎界のしきたりを覚え、体調が悪くとも舞台を務め悩みや迷いが無かったかの様に自由に楽しんでいる、この慣習こそが伝統を築き上げ、今日の歌舞伎の隆盛を支えているのではないでしょうか。

天才彫刻家『運慶展」を観て

2017 年 11 月 28 日 ブログ

彫刻とりわけ仏像は、その日の気分により笑ったり、泣いたり、怒ったりと印象が違います。
仏像の姿形は、経典や仏像を具体的に示す定めにより制約があるそうです。
時代背景によって異なっているかも知れませんが、私には表情、ポーズは皆、画一的に映ってい
ました。もっと云ってみれば、単純な曲線の反復で端正な造形物のように思っていました。
そんな折り、新聞で「運慶」、に焦点を当てた展覧会としては、最大規模という記事が
目に留まり、また、うちの店の松島の早逝した兄が、『運慶」研究の第一人者で、その功績により
「勲4等」を授与された事もあり、興味本位で見に行きました。
 澄っきった青空にうろこ雲くっきり、晩秋の上野の森は、紅葉が広がり、今年もあと何日か
等と、50分待ちの最後尾に並びました
 照明が少し暗く見にくい感がありましたが、千年の時空を超えてしっかりと我々を睨む様に
待ち受けている仏像群に、強い衝撃と迫力に圧倒されました。
特に感動したのは、八童王子の肥満した体型からひねった腰や手足が、今にも動き出しそうな
躍動感、生え際の毛筋が可愛いらしく、玉眼が語りかけてくるようです。
この比類なき魅力、戦慄する程の人間味溢れる芸術、ほとんど神々しいまでに輝いている。
これぞ、世界に誇る彫刻家「運慶」と快哉を叫びました。 と同時に、震災、戦禍を逃れ
長年の時を経ても、素晴らしい保存状態である事自体、神が宿っているのではと
知らず知らずのうちに、自然に手を合わせる自分がいました。
帰る道すがら『西郷」さんの銅像に、目まぐるしく変わる世の中、平和でありますように
とお願いしてきました。

                                      

元気に楽しく学びましょう

2017 年 10 月 11 日 ブログ

秋も深まって参りました。 
今年の、総務省の統計によりますと、日本人の90歳以上の方が200万人を超えたとの事です。
神様が、私たち人間界に長寿の手引書を授けて下さいました。
折角、頂いたのですから有意義に使わなければもったいないです。
聖路加病院の故、日野原氏は、数多くの名言の中に「命の長さではなく、如何にして命を使うか
という人生の質」、又「自ら生きがいを見いだす努力によって、未知の自分との出逢いを楽しむ」
言ってます。
やはり、実体験して名を残す人の言葉は、説得力があります。
私には、遊びはあっても、これといった趣味もありません。時に身をまかせてと思っていた
矢先に、図書館で孤高の女流画家「堀 文子」の本に出会いました。
1918年、麹町の旗本屋敷で生まれ、関東大震災、2,26事件、東京大空襲、と激動の時代に
青春期を過ごし、画家として身を
山植物ブルーポピ-を求めて高度5千メ-トルのヒマラヤ山地に
取材旅行、酸素を吸入しながら命がけの登山で「もう、これ以上登れない」と死を意識した時に
ブルーポピーが現れ、大地の果ての岩場に腰掛けてスケッチ、
また、この前年には、ペルーのインカ遺跡、アマゾン奥地へと未知の世界を旅する事で
自分の感性を磨き、旅を通じてますます元気になります。次は、砂漠やオーロラを描きたい
息ずく生命の尊厳に、いとおしさと畏敬の念を覚えます。
この無謀とも言える縦横無尽な行動、徹底してやりきる事で本当の自分を見出す。
この素晴らしいエネルギーに感動しました。
こういう方々が、日本にはたくさん居て、今日の日本を築いたと思うと
何だか、とっても勇気と元気が湧いてきました。

芸術の秋

2017 年 09 月 06 日 ブログ

地球が、癇癪を起しているのでしょうか? 突然の豪雨、雷、数十年ぶりの異常気象です。

体調管理は、心かげていますが、魚沼の大平さんのお米と野菜が心配です。

建築家の辰野金吾が、100年前設計した当初の姿に復元して、2012年国の重要文化財に

指定された東京駅駅舎、超高層ビル群が立ち並ぶ丸の内のすべてを取り仕切るかの様に威容を

誇る日本の玄関口、東京駅。そのリニュアルされた東京ステーションぎゃらりーで、没後40年

幻の画家「不染鉄展」を見てきました。

初めて耳にする名前でしたが、大正から明治にかけて活動した稀有な経歴の日本画家です。

東京小石川の寺に生まれ、京都絵画専門学校を首席で卒業し、帝展などで入選を重ね

才能は高く評価されていましたが、いつしか画壇を離れ、旅に憧れ絵を描き続けた人です。

細い筆致で精密に丁寧に、何度も何度も塗り重ねて、迫力ある独創的などこかもの悲しい作品群に

不思議な魅力があります。特に目を奪われたのは、「山海図絵」不染が、大変好んだ富士山、

現実にはあり得ない、彼だけにしか見えない幻想的な風景、静岡生まれの私が、昔、何処かで見た

様な思いが浮かび、懐かしい優しい情景の中に力強い富士が、ドンと聳え立っている。

おもわず息を呑み、これぞ「日本の絵」と感服しました。

館内は、創建当時の重要文化財の赤レンガで、それが作品と相まって一層ノスタルジ_を感じました。

歴史ある建造物、玄関口、そして重要な拠点に改めて、東京駅の懐の深さを再確認しました。