笑う門には福来る

2019 年 08 月 30 日 お知らせ

『夏と秋と行きかう空のかよひじは、かたへ涼しき風やふくらむ』

猛暑が去って大合唱していた蝉たちもやがて静まり、少しずつ目に見えぬ秋の

気配を感じます。

夏の風物詩、全国高校野球甲子園大会、真っ黒に日焼けした球児たちが、懸命に

白球を追う姿は、昔と変わらず清々しさと懐かしさに感動を覚えます。

8月の始め日本人、男女を通じて42年ぶりのメジャー制覇した無名の新人、海外

メデアが「シンデレラスマイル」と名付けた渋野日向子、20歳、昨年プロテストに

合格し、今年国内で2勝、初の海外デビユーでいきなり優勝、快挙と言うより奇跡と

専門家の弁です。それがどんなに難し事か?『勝利の女神」が名指しして離さなかった

「運」だけではないようです。 世阿弥が「まことの花とは、演じる自分と見物席から

冷静に客観的に眺めるもう一人の自分が居る」まさに彼女は、沈着でここ一番のストレスに強く大きなミスをしても動じない勝負師、アスリートの血を受け継いだ天性の身体

能力、男子に交じって8歳で始めたソフトボール、球がめっぽう速くエースでクリーン

ナップを担う、何をやらせても男子以上。大の負けず嫌い、ふてくされ屋で泣き虫だった性格を両親;コーチの厳しい指導を受け努力の末に上手く行かなくても笑つていられる自分に変えていったのです。笑うことで周りを明るくし、多くのギャラリーを味方に

つけ応援してくれる人たちに元気と勇気を与えます。すると自然に勝利が向こうから

やってくるのだと言ってました。思わず鏡を見て「作り笑い」をする自分に照れてしま

いました。

来年は,56年ぶりの東京オリンピック、アスリート達がこの劇的な勝利にどれほどの

刺激と勇気をもらったことか。 スポーツは文化です。美しい国、日本、胸がふくらみます。  『笑う門には福来る」

 

 

 

令和元年 新しい時代の幕開け

2019 年 05 月 12 日 ブログ

昭和の大戦は、言い尽くす事が出来ない悲惨な出来事でした。海外も含めどれほど多くの人々が

犠牲になったかを考えると恐ろしいです。

平成天皇は、その任を美智子皇后と共に負うように約30年間象徴天皇として国民の安寧と

平和を願い日本の隅々まで足を運びました。改元にあたりこの1か月程、平成の時代を振り

返る報道番組を見てきましたが、本当に様々な出来事がありました。

見たこともない普賢岳の火砕流、地下鉄サリン、阪神、淡路そして極め付けは列島を揺るがした

東日本大震災と大津波など数え上げればきりがありません。しかし日本人はどんな困難にも

めげずにたくましく、我慢強く復興に向けて歩み始めます。被災者の方々が途方に暮れる中

膝をついてまでお言葉をかけてくださる両陛下の慰問に、どれほどの勇気と希望を与えられたか

番組を見ながら感動して涙していました。

この度のご退位は、体力の限界との事です。ご公務の過密さ、東奔西走の日々を支えて来られた

のは、皇后様の存在だと確信いたします。どこへ行かれるのも常に控えめで陛下に寄り添い、

美しく品格のある皇后さま、初の民間出身の妃が、身近に開かれた皇室に変え、陛下、お子様達

と楽器を奏で、素晴らしい詩を詠み、文化芸術の発展に貢献し、清らかなお声で英語のスピーチ

をなさる様は、絵に描いた様な良妻賢母、かくある女性の鏡です。陛下が、ご退位するお言葉の

中で涙ぐみ声を震わせ60年の結婚生活を共に歩み、想像以上の環境の中で苦労して耐えてきた

皇后に感謝する場面は、人間『昭仁様」を見たような気がしました。

陛下が前立腺がん出術を受け、心配する国民の声が広がってゆく様を皇后さまがお詠みになられた

幸「さき」くませ 真幸「まさき」くませと人びとの 声渡りゆく御幸の町に

なんと心優しい奥様か。陛下にジェラシーを感じると共に本当にお疲れ様でした。

 

 

 

イチロウー選手お疲れさま

2019 年 04 月 07 日 お知らせ

小説家「山本周五郎」どの作品も、はずれがなく発想、構成、文体がとても

斬新で面白く大ファンの一人です。とりわけ時代小説に登場する武士たちの

心得、信じることには『死」をも辞さない覚悟があります。

先日、電撃引退したイチロウー選手の記者会見で野球大好きな野球漬けの

人生は、どんなにつらくても逃げずに戦って来られたことに後悔はないと

言ってました。ありのままの自分らしさをさらけ出す本当のイチロウー選手

が見えて根底に流れているのは、武士道精神ではないかと思いました。

野球は9人でする団体競技ですが、これほど一人一人に重圧がかかる個人

競技はありません。イチロウー選手の様な名プレイヤーでも大事な試合の

場面では、孤独とプレッシャーで手足が震え胃潰瘍になったそうです。

やると決めたら信じて地道む、これこそが一芸に秀lでる者が得る権利で

しょうか?どんな困難や苦労でも打ち返せるバットコントロールは流石です。

子供たちへのメッセージは、自分が好きになれるもの夢中になれるものを

探して、一生懸命エネルギーを注いで欲しいと言ってました。確かにいくつに

なっても情熱を傾ける何かがあれば、寂しくもないし若さも保てます。

最後に選手として遣り残した事はという質問に「これだけのあたたかい声援を

送ってくださいました大勢のファンの皆様がいるのにこれ以上何もありません」

40歳半ば、平成を駆け抜けた大スターの達観した言葉でした。

涙がとても印象的でした。多くの感動をありがとう。

 

 

偉大な昭和の一人

2019 年 02 月 24 日 ブログ

日本列島にかかる気圧配置が気まぐれの為か、日替わりの様に寒暖差が激しく体調を崩される方が多いようです。

NHKの朝の連続ドラマ「まんぷく」、モデルになった日清食品の創業者、安藤百福氏と

しっかりと後ろで支える妻仁子まさこさんの、二人三脚波乱万丈の物語を楽しく見ています。

改名したのでは、と思う程「仁」の徳を積んで「福」を多くの人に与えるピッタリのお二人の

名前です。 「事実は、小説よりも寄なり」と申しますが、今から役60程前『世の中の人の

為に何か役に立ちたい」想いで家族の協力を得て、無一文から即席めんを発明して魔法のラーメン「チキンラーメン」を世界の食卓まで広げてゆきます。目のつけどころの素晴らしさや、何を

作りたいか目標をしっかり定め、必ずやり遂げる不屈の精神力はさすがです。

麺にお湯をかけて3分待つ。私もこんな簡単に美味しいラーメンが食べられるのかと当時

驚いた一人です。昭和34年頃、皇太子殿下ご成婚、テレビの登場、「もはや戦後ではない」

と日本は高度経済成長期に入り、人々の生活も安定し始め、おう歌するのに忙しく、食事も

簡便性を求めるようになり「インスタント」が流行語になった時代です。成功者は、運も味方

します。宗教上、牛、豚を食するのを禁じられている国々でたまたまスープが鶏だったので

世界中が受け入れてくれたのです。今では何億食もの需要を生んでます。

百福氏の90歳のパーティで、奥様と手を取り、微笑むお写真を拝見して『人生に悔いなし」と

言っている様で畏敬の念と羨ましさで胸が熱くなりました。それにしても奥様役の安藤サクラ

さんの笑顔は、周りの人を明るく元気にしてくれますね。

 

平成最後の売り出し

2019 年 01 月 06 日 お知らせ

つむぎや新春恒例展    お買い得セール併催

1月25日『金」から27日『日」

場所 銀座大黒屋ギャラリー6階   AM11時~PM7時

電話 03-3571-0008

 

新年明けましておめでとうございます

2019 年 01 月 05 日 ブログ

本年もよろしくお願い致します。

2019年4月、神々しい今上天皇と美智子皇后が生前退位されます。新しい時代へ移り変わっていくのは喜ばしい事ですが、一つだけ寂しい事があります。日本の宝、美しすぎる美智子皇后

のお姿を拝見する事が少なくなる事です。

思えば60年前史上初の民間出身の美しすぎる美智子様が、皇室に嫁がれました。たとえようのないオーラと存在感を放つお方で、ミッチーフィバーなる社会現象が起きたほどです。

何かの本に今上天皇のご学友が、若かりし頃の殿下は自己中心的であまり優しさの様なものは

感じられませんでしたが、ご結婚されて少しずつ変わっていったのは美智子皇后の影響がかなり

おありではないかと言っていました。お二人で数多くの外国をご訪問され、皇室のあるべき姿を

勉強され、また国内の災害、被害地を訪れて避難生活をされている方々

。両陛下に感動を覚えます。又、皇室において日々のご公務をこなしながら伝統文化を守るために養蚕、稲作等もされています。

天皇だって一人の人間です。辛い日や苦悩の時も多々あるはずです。私たち国民がもっと両陛下

に対して思いやりや、積み上げられた努力にもっと感謝と尊敬の念を持たなければなりません。

皇后美智子さまは、技芸すぐれた詩詠みでおられます。「詩を書く事は、自分を削りとる事」と

おっしゃってました。削りとらなければ人の心に乗り移って来ない

『子に告げぬ哀しみもあらむも、ははそはの母、清(すが)やかに老い給いけり」

これからも両陛下が末永く、お健やかに新しい生活を楽しまれる事を心からお祈り申し上げます